260. 火花

エカテリーナは、エリザヴェータににっこりと笑いかけ、淑女の礼をとった。

「お初にお目もじいたします」

エリザヴェータはさっと表情を引き締め、淑女の礼を返す。

「お会いできて嬉しゅう存じます」

さすが、十歳にして動きの隅々まで美しい。

けれど淑やかな中にも少しわくわくしているように見えるのは、子供扱いされなかったのが嬉しいのかもしれない。

「ご健康が優れなかったと、聞き及んでおりますわ。もう、お元気になられましたの?」

エリザヴェータが言う。さすが、十歳にして典雅な言葉遣い。幼い声とのギャップが、また可愛い。

「もともと、病というほどではございませんでしたの。すっかり元気ですわ」

エカテリーナが答え、これで公爵令嬢同士が引き合わされた時の礼儀正しい受け答えは、ひと区切りとなった。

エリザヴェータは、ほんのり頬を染めてミハイルを見上げる。両手がそわそわと動いてぎゅっとスカートを握り、大きな目をこぼれ落ちそうなほど見開いて、話しかけようとしているのに言葉を見つけられずにいるようだ。

これは可愛い。

ユールマグナ家に対しては思うところは多々あれど、十歳の女の子が困った様子でいたら、助ける以外の選択肢はないだろう。人として。

思わずミハイルをジト目で見て、早く君から話しかけてあげて!と圧をかけてしまうエカテリーナであった。

「久しぶりだね。学園に入学してから、忙しくてなかなか会えなかった」

苦笑まじりに、圧に屈するミハイルである。

話しかけられて、ぱあ、とエリザヴェータの顔が輝いた。

「はい……寂しゅうございました」

「ウラジーミルも寮生活だものね」

そんな会話をよしよしと聞きながら、エカテリーナは慎ましやかに控えていたフローラに、そっと囁く。

「フローラ様、わたくし、教室に着くのが遅くなるやもしれませんわ。お三方とご一緒に、先に向かっていただけまして?展示の準備を進めてくださるよう、マリーナ様にお伝えくださいまし」

「……わかりました」

気がかりそうな表情ながら、フローラはうなずく。

「エカテリーナ様、お疲れでしたら公爵閣下がおっしゃった通り、寮でお休みになってください」

「お気遣いありがとう存じますわ」

フローラちゃんまで過保護に……いや前から優しいけども。

ともあれフローラはユーリたちと一緒にそっと離れてゆき、この場には皇子ミハイルと、ユールノヴァ公爵家の関係者、そしてエリザヴェータという図になった。

同じ三大公爵家の一角であり、ユールノヴァ公爵家の宿敵とも言える、ユールマグナ家の令嬢。

ウラジーミルの妹。

そうと知った時、エカテリーナはまず不思議に思った。エリザヴェータが一人のようだったので。

公爵令嬢たるもの、一人で出歩くはずはない。しかも彼女はまだ十歳、乳母がついて歩いていてもそうおかしくはない年齢だ。

なんなら前世でさえ、高校の文化祭に小学生女子が一人で来ていたら、不思議な感じがしただろう。

周囲を見回す。エリザヴェータの側仕えらしき人間は見当たらない。

が、やけに人が多いので、まぎれてしまっているのかもしれない。ここは講堂の裏手にあたる場所で、普段は人気がないのに、気が付くと不思議なほど大勢の人がたむろしていた。

魔法学園の学園祭って、こんなに大勢の人が来るものなんだなあ……。ここがこの状態だったら、模擬店が並んでいるあたりなんて大混雑なんじゃないの?

などと思っている本人こそが、この場所に多くの人がやって来た理由なのだが。

もともと噂の公爵令嬢の劇を目当てに講堂に来ていた人々が、思いがけず本人が劇に登場したこと、劇の画期的な演出や見事な歌と演技にすっかり感動したことで、もっと彼女を見たい、あわよくば話をしたい、と思ってここへ来ている。彼らのほとんどが魔法学園の卒業生だから、終演後の流れは見当がつくのだ。

さらに、皇子ミハイルもここに向かったのを、目撃した人々がいた。次代の皇后最有力候補と言われるエカテリーナ・ユールノヴァ。その噂は事実なのか?彼女と皇子の関係を、見定めることができるかもしれない。

貴族たちの生き残りをかけた情報収集と、貴族も人の子であるがゆえの野次馬精神。その両方により、彼らはここに詰めかけているのだった。

エリザヴェータちゃん、まさか迷子じゃないよね?そういえばお兄さんのウラジーミル君も、お兄様と初めて会った時、迷子になっていたと聞いたような。

そんな気持ちで、エカテリーナは思わず傍らの兄を見上げる。

アレクセイは、エリザヴェータを見てはいなかった。

周囲にたむろする人々の中にできた、一人の人物を中心とする大きな一団を見ていた。

エカテリーナも兄の視線を追う。

一団の中心は、遠くからでも目についた。ひときわ背が高い、大柄な壮年の男性だ。身分の高さが知れる見事な仕立ての衣服の上からでも、鍛え上げているのであろう肉体が見て取れる。髪の色は青紫だが、ウラジーミルよりずっと暗い色をしていた。

前世ハリウッドのアクション映画スターにも引けを取らなそうな、堂々たる存在感。他の三大公爵家当主とは系統は違えど劣りはしない、優れた容姿の持ち主だ。

そう、言われずとも解る。あれが、ユールマグナ公爵家当主。ゲオルギー・ユールマグナ。

周囲を囲む人々の言葉に豪快に笑ったゲオルギーが、ふと、こちらを見た。側近たちを従え皇子ミハイルの側近くに立つアレクセイと、一瞬、視線が交錯する。

ユールノヴァとユールマグナ。

薔薇と水仙。青き花の紋章を戴く皇国きっての名家を率いる、二人の公爵。

――両者の間に、激烈な火花が散ったようだった。

你的回應