290. 令嬢たちの流儀

「エカテリーナ様、少々お時間いただけませんこと?」

目の前に姿勢良く立った青みがかった銀髪の侯爵令嬢、リーディヤに品の良い微笑みと共に言われて、エカテリーナは思わず目を見張った。

今は放課後で、リーディヤはエカテリーナのクラスへ訪ねてきている。いつも廊下で偶然出会ったかのように装うリーディヤが、正面きって会いにきただけでも驚きだった。

いやもうバレバレだから偽装なんかしなくても、普通に会いに来てよ!

と前々から思っていたから、エカテリーナはすぐにうなずく。

「もちろんですわ。ご一緒できれば嬉しゅうございます」

フローラは遠慮するというので、二人で連れ立って、学園内に点在する東屋のひとつへ。

ミハイルと会う時に使うところではなく、別のを選んだ。なんとなく。いや、リーディヤが暮らしているのはエカテリーナとは違う寮なので、お互い帰りやすいところにしただけだが。

なんとなく。

東屋の席に腰を落ち着けると、リーディヤは端然と微笑んだ。

「秋が深まってまいりましたわね」

その言葉、その風情に、エカテリーナは内心でうむ、とうなずく。高位貴族の令嬢たるもの、むきつけに要件から入るような、無作法な真似をしてはならないのだ。

「本当に。目覚めるたびに、木々が色付いてゆくように感じておりますの」

おっとりと、エカテリーナは応じる。

そこからしばらく、二人の令嬢は詩的な趣きさえある時候のやりとりを続けた。

……社畜だった前世なら、さっくり本題に入ってくれ!と思ったに違いないですけどね。毎日、一分でも惜しいっていう忙しさでしたから。

それにユールノヴァはわりあい質実な気風だから、こういう雅やかでめんどくさい手順を踏むことはあんまりない。お兄様と側近の皆さんなんて、結論から入るのが基本ですよ。前世の二十一世紀のビジネススピードと張り合えるほどの効率性。素敵。

が、建国以来四百年続く皇国だ。よその名家には、儀礼でガチガチのところも少なくないらしい。

あらためて私、うちの子で良かった。

けれども今のエカテリーナは、こういうやりとりも嫌いではない。

まだ元気だった頃の母アナスタシアを思い出すから。

「……エカテリーナ様は近頃、さまざまに交流を広めておいでだそうですわね」

リーディヤの口調は時候の挨拶と変わらなかったが、なんとなく、本題に入ったのを感じた。

エカテリーナはうなずく。微笑みに苦笑を混ぜて。

「ええ、思いがけないきっかけから、そのようなことになりました」

きっかけはソイヤトリオです。

まったく、あの子らはもう。

そこへ、リーディヤが言った。

「わたくしも同じことをすべきだと、言う者がおりましたわ。下の身分の者に施しをするのは、高貴な者の務めであると。このままではエカテリーナ様の勢力拡大が、どこまで進むかわからないという者も」

は⁉︎

エカテリーナは絶句する。飲み物を口に含んでいたら、むせていたかもしれない。お嬢様にあるまじきことに。

いやなんでリーディヤちゃんがドレス斡旋しなきゃならんの。施しって失礼な。私が勢力拡大って、なんですかそれは。

……でもそういうことを言う人、そういう見方をする人はいるよね。

そんなことを言われちゃうかも、とは思っていた。でもなりゆきのままにそういう真似を大々的にやっている私って、見る人から見れば野心家に見えるんだな……。

「そのようなことをおっしゃる方が、いらっしゃいますのね……」

「ええ、愚かしいことですわ。叱っておきました」

リーディヤは平然と言う。

「わたくしがまだ、皇后の座に未練があると思って、焚きつけにきているのです。腹立たしいこと」

あ、そういうことか。

それにしてもリーディヤちゃん、今のは高位の貴族令嬢とは思えないほどの直接話法だったね。

「ですが、あれはその者たちが考えたことではありません。本人たちも知らぬ間に、その考えを植え付けられている。わたくしにはそう思えました」

「……」

その言葉にエカテリーナが思い浮かべたのは、ユールマグナ分家の色気美人、ザミラ・マグナスだった。

「今の魔法学園は、少々不穏ですわ。二年生に、不満がくすぶっているという噂がございます。きっかけは学園祭で二年生が目立った成果を上げられなかったことですが、ユールノヴァ家とユールマグナ家の対立が影響していると考えておかれたほうがよろしいかと。公爵閣下、エカテリーナ様を擁する三年生と一年生がユールノヴァ派、ウラジーミル様を擁する二年生がユールマグナ派。そのように、学園が割れつつあるようです」

リーディヤの言葉に、エカテリーナは絶句する。両家の対立が先鋭化しているといっても、学園に、高校生の子供たちに、そこまで影響するとは想像できていなかったのだ。

「もちろん、全員が足並みを揃えているわけではありませんわ。それでも、油断は禁物でしてよ。用心なされませ、エカテリーナ様」

「ご忠告ありがとう存じますわ。……わたくし、甘いのですわね」

その言葉に、リーディヤは一瞬、笑い出しそうな表情をした。

「自覚がおありではありませんでしたのね」

うぐっ!

めっちゃぐっさりきましたけど!

「ですが、それはエカテリーナ様の美点でもありましてよ。……見返りを求めない優しさというものは、人の心を動かします。それを、わたくしは、学びましたわ」

「……」

しみじみとしたリーディヤの声音に、エカテリーナは微笑む。いやあの時は、リーディヤちゃんが引きこもったらいけないと思って、とっさに身体が動いただけですけどね。

それにしてもリーディヤちゃん、情報通だな。やっぱり昔から社交界に参戦していると、いろいろ情報が流れてくるようになるのかな。

……私もそのうち皇都の社交界に出ないといけないんだけど、不安しかないわー……。

「それにエカテリーナ様の策は、確かに効果が見込めましょう。下級貴族といえども、数の力は侮れないものですわ。この際しっかりと、味方を増やしておかれませ」

あ、リーディヤちゃん、シビア。

いや、策とかじゃないんですけど。

その後は令嬢らしく、舞踏会で着る予定のドレスのデザインについて少し話してから、なごやかに別れた。

リーディヤちゃんは誰とパートナーを組むんだろう。

気になったものの、自分が訊いてはいけない気がして、尋ねられなかったエカテリーナだった。

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