「ええ、そういう慣習があるのですわ」
エカテリーナを訪ねてきた二人の女生徒が、顔を見合わせてくすくす笑っている。婚約破棄という剣呑な言葉を語りながら、その笑顔は無邪気なものだ。
「魔法学園に入学できるだけの魔力があると見込まれた時点で、舞踏会でのパートナー探しに苦労しないよう、両親がツテをたどって仮の婚約者を決めておきますの。あくまで仮ですので、どちらかが学園で良い方に出会えた場合は、その婚約は破棄してしまうのです」
「婚約を、破棄?解消でなく……?」
「元からなかったことにするという意味で、破棄という言い方をするそうです。本物の婚約ではありませんので、解消という言葉は適切ではないのだとか」
エカテリーナは、隣のフローラと顔を見合わせて絶句だ。
長年続いている舞踏会だから、参加者も対策を講じるのが当然とさえ言えるかもしれない。親も祖父母も代々学園に通い続けてきた、という家柄も少なくないのだし。
しかし、舞踏会のパートナーを探すのが大変だろうからと、なかったことにする前提で、とりあえず婚約とは。
なんだか『とりあえずビール』的な……。
それなら破棄より、取消とか、もっと穏便な言葉のほうが。
いやそれよりも。
「その、それならば、きちんとした婚約を結んでおくべきではありませんの?」
とエカテリーナが言うと、女生徒たちに『あ〜……』という顔をされてしまった。
「ユールノヴァ様ほどの方であれば、そのようにお考えになりますわよね。でも……わたくしたちのような身分の者にとっては、魔法学園での『出会い』は夢であり希望なのですわ!」
力説されて、今度はエカテリーナが『あ〜……』となる。
そ、そうか。
魔法学園へ来れば、自分たちのツテ以上の相手に出会って、玉の輿か逆玉の輿に乗れる可能性がワンチャンある。その可能性をとっておきたいということかー。
対して公爵令嬢である私は、身分も財産も明確に上の男子は皇子しかいないという、ほぼ頂点のカンスト状態。だから、魔法学園での出会いに期待する必要はない。
ゆえに、相手を決めたなら婚約するものなんじゃないの?という感覚になるわけだ。
うーん、公爵令嬢っぽい考え方が板についてきたかも?
でも公爵家とか皇族って、その時その時の政治情勢で婚約したり破棄したりを繰り返すことも多いんだよね。前世のエリザベス一世とか……いやあれは婚約までいかない前段階だったか。でもスペイン国王フェリペ二世とか、いろんな相手に期待させて、外交に内政に活用していたような。
この世界の歴史でも、そういうことは多い。
だからこの感覚は、前世の庶民由来なのかも。
「わたくしの兄も、そうでしたのよ」
女生徒の言葉に、エカテリーナは我に返った。
「本人が知らないうちに仮の婚約者が決められていて、ずいぶん怒っておりましたわ。絶対に自分でパートナーを見付けて、盛大に婚約破棄を宣言してやる!と叫んでいたものです。わたくしの前でだけ」
……妹の前でだけってことは、さてはお兄さん、ヘタレだね。
しかしまあ、多感なお年頃だもんねえ。第二次反抗期の親への反発が、仮の婚約者への理由なき嫌悪にすり替わってしまったりするんだろうか。あとはプライドとか、恋愛への憧れとか、いろんな要素でこじれてしまい得る慣習かもしれない。
「それで、お兄様はいかがなさいましたの?」
エカテリーナが尋ねると、女生徒は笑い出した。
「その仮の婚約者だったお義姉さまと結婚しましたわ。今は新婚ほやほやで、幸せそうなことったら!」
ハッピーエンドなんかい。
いや、良かったけど。
「おかげで両親はたいそう得意げですの。自分たちの見立てに間違いはなかったと……それで、わたくしのお相手まで張り切って探してまいりました」
「えっ、貴女様も?」
思わずエカテリーナは目を見張る。女生徒の顔からは、すんっと表情が抜け落ちていた。
「身分は同じ子爵家ですが、たいそう裕福なお家だそうですの。両親はこんなによいご縁を見つけてきたよと鼻高々で、このまま本当に婚約してもらいなさい、他のご令嬢に奪われないように頑張るんだよ、ですって。
でも、そのお相手がすっごく性格が悪くて!」
最後の一言にものすごい力が込められていて、エカテリーナは沈黙するしかない。
「一応ご挨拶してみたら、財産目当てと嘲笑されましたのよ!楽して生きることしか考えてないだろう、ですって。初対面のわたくしに対して、失礼極まりない言葉ではありませんか!」
あら、それはひどい。
「わたくし、絶対、あんな方とは結婚いたしません。必ずもっとよいお方と巡り合って、わたくしのほうから高らかに、婚約破棄を宣言してみせます!ギャフンと言わせてやりますわ!」
婚約破棄宣言(予告)!
昔のスポ根漫画みたいな炎が背中に見える!
そしてギャフンと言わせるに当たる皇国語の言い回しを覚えてしまった……どうしよう、うっかり口から出たら。なんとか心の中を上品にしないと、いつか心の声が皇国語で口から出そう。でも心の中を上品……できるのか自分?あっ、天使と悪魔がそろって無理と笑っている!
それはとりあえず置いといて。
この子がやけに大きな声で、大見得を切る感じで言い放っているのは。そして、視線の先が私ではないのは……。
こっそりと、エカテリーナは彼女の視線をたどってみる。
そこにはやはり、男子がいた。エカテリーナのクラスメイト。
コルニーリー・エフメ。光の魔力を持つユーリの友人で、学園祭ではユーリのために典礼院の役人である親戚を引っ張ってきてその友情にエカテリーナはぐっときたが、以前は嫌がらせでユーリのノートを奪ったりしていた男子。
そのコルニーリーが、ふてくされたようなばつが悪いような表情で、女生徒から目を逸らしていた。