293. 後悔先に立たず

「エフメ様、本当にあのような言葉を仰せになりましたの?」

尋ねるエカテリーナの声音は、ついつい冷たくなった。

今は放課後で、ここはクラスの教室とは別の空き教室である。そこにコルニーリーとユーリ、そしてエカテリーナとフローラ、さらにもう一人、クラスメイトの女子の五人で集まっている。

女子は、学園祭の劇では衣装係の一人だった裁縫上手で、本番ではエカテリーナの頼みに応じて、照明係のユーリのもとへ伝令として向かってくれた子だ。

そして舞踏会で、ユーリのパートナーになるらしい。

そう聞いて、いつの間に!と驚いたエカテリーナである。

もちろん、他に驚く者はクラスに誰一人いなかった。

ヒロインらしく恋愛に鈍い系のフローラさえ、わかっていたようだった。

私、お姉さんなのに……なぜ……。

と、エカテリーナが遠い目をしたことは言うまでもない。

精神年齢ならぬ恋愛年齢というものがあれば、アラサーどころか十歳児、下手をするとゼロ歳児かもしれないことを、今も全く自覚していないのだった。

エカテリーナと向かい合って座るコルニーリーは、しょぼんと縮こまっている。しかし厳しい表情の公爵令嬢を上目遣いに見ている彼は、冷たい声をどことなく喜んでいるようでもあって、なんだか妙な心配をしてしまう。

君、十五歳かそこらの身空で、特殊性癖に目覚めちゃったりしてないだろうね?私はそりゃ悪役令嬢だけど、君を鞭でしばいたりしないからね?

それはともかく、きりきり吐けい。

遊んでいるつもりはないのだが、ついつい時代劇の台詞を思い浮かべてしまうエカテリーナである。

「その、そんな……きつい、言い方、を、した、わけじゃ……する、つもりは、なくて……いやあの、でも、ただ、たたたただその、あの……」

コルニーリーの言葉はぶっちぶちに途切れまくる。目は泳ぎ、額には汗が浮かんでいる。

「お前がどういう言い方したか、僕、なんだか想像できるよ」

ユーリがじとっとコルニーリーを見ながら言った。

今では親友と言っていい間柄の二人だが、仲良くなったのは二学期になってからのこと。一学期は、コルニーリーがたびたびユーリに嫌がらせをして、彼らの仲は最悪だったのだ。

友達の言葉にコルニーリーはますます小さくなり、ユーリはふー……とため息をついた。

「お前もいろいろあったんだろうなって、今は思ってるけどさ……」

コルニーリーは、裕福な子爵家の嫡男だそうだ。

領地は豊かで平和、子爵家といえど下手な伯爵家より富裕だというのだから、恵まれた生まれといえる。

しかしそれだけに、将来すべてにレールが敷かれているようなもの。父も祖父も歩んだ通りのわかりきった道を、決められた通りに歩いてゆくしかない人生というのは、この年頃の男子にとって、生きる意味もないように思える時があるのだろう。

一学期のユーリへの態度も、今にして思えばそういう鬱屈の表れだったわけだ。その後、ユーリの将来のために奔走し彼の人生が拓けたことで、コルニーリーも何かを乗り越えたようだったのだが。

友達のそういう心理をある程度は察していたようで、ユーリは悩ましげな顔だ。

ユーリは決してコルニーリーを責め立てたいわけではなく、むしろ恩返しがしたいらしい。今ここにこの五人が集まったのは、ユーリが御膳立てしたからだ。エカテリーナも、ユーリに頼まれてここにいる。コルニーリーと向かい合って口火を切ったのも、ユーリに視線で懇願されたためである。

なにしろ休み時間の教室でインパクト抜群の暴言を暴露されたことで、クラスの女子がコルニーリーを見る目は揃ってブリザード。これからの学園生活が針のむしろになる予感が、ひしひしとしていたのだ。

これを救えるのは、実質的にクラスのリーダーとなったエカテリーナだけであろう。

が。

エカテリーナは、ふっと嘆息した。

「エフメ様が決して悪い方ではないことは、よく存じ上げておりますわ。レイ様への献身には、わたくし深く感銘を受けました。

ですが……一度口にしてしまった言葉は、取り戻すことができないもの。先ほどの方とのご関係は、わたくしが口出しをして回復できるものとは思えませんの。であれば、クラスの皆様のお気持ちも、如何ともし難いものがありましょう」

その言葉を聞いて、コルニーリーがかくんとうなだれる。ユーリがすがるような顔でエカテリーナを見たが……エカテリーナは、あえて表情を変えなかった。

だって、ねえ。

こういう状況で私が取りなして表面上を繕っても、薄氷の平和にしかならないと思う。

人と人との関係だもの。コルニーリー君が自分でどうにかして、自分で築いていくしかないものだよ。

社畜時代、仕事のためにキーマンを動かしてトップダウンで現場を変えてもらったことは何度もある。でもそれをやったとしても、その後からでも現場に行ってなるべく多くの人と話して直接システムを教えて、気持ちで納得してもらうことは、大切だった。それをやらなくて、システムが現場から総スカンをくらって使われずに風化してしまったことさえ、あったもんです。

「なあ……あの子に謝ってさ、あらためてパートナーになってくれるように頼んでこいよ」

ユーリがコルニーリーに言うが、コルニーリーは力なく首を横に振った。

「あの子、気が強いんだよ。頭も回るし……それで最初に、売り言葉に買い言葉であんな話になったんだ」

そーか、やっぱり言ったんだ。と、エカテリーナは内心でジト目になる。

ま、本気じゃなかったようだけど。

「クラスの皆に睨まれるから謝りに来ただけだと思われたら、余計に嫌われるだけのような気がする」

「お前それ、謝りたくないだけじゃないだろうな」

ユーリの言葉に若干、目が泳ぐコルニーリー。謝っても余計に……というのは本当に思っているのだろうが、謝りたくないのも事実のようだ。

「いやだって別に……待ってれば、パートナーが見つからなかったって向こうから謝りに来るかもしれないし……」

「そのお言葉、本気で仰せですの?」

久しぶりに低い声が出たエカテリーナである。

久しぶりに背景が暗雲と雷鳴だ。

コルニーリーとユーリが、揃ってビビりまくっている。

「でも……心配ですわ」

おずおずとそう言ったのは、衣装係の女子だった。

「わたくし、母から聞いたことがありますの。毎年この時期には悪い殿方が現われて、婚約破棄を目指す方に優しくして期待させたあげくに、何人もの女性に同じことを言ってたぶらかしていたことが解ったり、もう他の方はお相手が決まってどうにもならない時期になってから、パートナーになりたければ……と、その、大切なものを要求するような卑劣なことが起きると……」

「そんなことが?」

フローラが思わずといった様子で声を上げたが、エカテリーナも驚愕だ。

いやでも、あるよね!あり得る話だよね!

「あの方の身にそのようなことが起こったら……取り返しがつきませんわ」

エカテリーナは呟く。

本当に害を受けなかったとしても、貴族令嬢としての評判が地に落ちてしまうだけで、人生に関わるのだから。

エカテリーナはコルニーリーを見る。フローラもユーリも、全員が視線を向けている。

コルニーリーは……その誰とも視線を合わせることなく、うつむいてだらだらと汗を流していた。

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