302. ネバーギブアップメイクアップ

「簀巻きですわ!」

マリーナに言い放たれて、エカテリーナはズルッとすべりそうになった。

すべりませんけどね!お嬢様はすべらない!

ちょうどガチ詐欺師セミョーンのことを考えていたので、マリーナがセミョーンを簀巻きにする図を想像してしまった(ちょっといいかもと思った)が、マリーナには彼のことは話していない。彼に引っかかった女子たちの将来を守るために、極秘にしておかなければならない事項なので。

「マリーナ様……どうなさったんですか?」

エカテリーナの隣でびっくりした様子のフローラの問いに、マリーナは首をめぐらせて教室の入り口に不機嫌な目を向けた。

「ご覧になって。呆れてしまいますわ」

そこにいるのは、コルニーリーだ。そして、彼に会いに来た女子。教室の中と外で、微妙なツーショットになっていた。

コルニーリーは相変わらず、仮婚約者に言った暴言のため、クラスの女子から冷たい目を向けられている。

彼に会いに来ているのが仮婚約者のアセルだったら、二人を見るクラスメイトの目はもっと温かいものだっただろう。しかし、その女子はアセルではなく。

「エカテリーナ様、フローラ様もご存知ですわよね。あの、噂の方ですのよ」

「ええ……耳にしておりますわ」

なんともいえない気持ちで、エカテリーナはうなずいた。

そう。コルニーリーに会いに来ている女子は、パートナー詐欺の撤退戦略を失敗して『そして誰もいなくなった』の当人なのである。

コルニーリーは富裕な子爵家の嫡男だ。そして、舞踏会でパートナーとして確保していたはずの仮婚約者、アセルとは没交渉。他の女子たちからは総スカンを食っていて、パートナーの座は空いている。

どうやって接点を作ったのか不明だが、コルニーリーをゲットできれば一発逆転。現状では最良のターゲットであろう。

噂の渦中の人物だから、人前に現れるたびに周囲にヒソヒソされてしまうだろうに、なおこの攻めの姿勢……。

強い。強すぎる。

と、言いたいところだが、彼女は幾分やつれて、おどおどしているように見える。エカテリーナたちの視線に気付くと、びくっと怯えた様子でコルニーリーの陰に隠れてしまった。

複数の男子からパートナーに申し込まれるだけあって、可愛い容姿の持ち主だ。それがそんな風に弱々しくしていると、可哀想でつい庇ってあげたくなる。

「ご覧になりまして?あんなわざとらしい態度に騙されるなんて、殿方は単純ですわね。お化粧でやつれたように見せかけているそうですわ」

え、そうなの?

しまった、騙されるところだった。

「そうなんですか……全然わかりませんでした。お化粧ってすごいんですね」

「ええ、わたくしも驚きましたわ」

素直にフローラが言い、エカテリーナはほっとして同意する。

マリーナはちょっと赤くなった。

「わたくしも、見てもちっともわかりませんの。他の詳しい方がおっしゃっていたのですわ。殿方に見せるためのお化粧ですから、あの方より背の低い方から見ると、明らかに不自然なのですって。どんなお化粧品をどう使えばあのように見せられるか、教えていただきました」

皇国には前世にあったような高機能な化粧品はないはずだが、それでも化粧というものは数千年前から行われてきたわけで、印象を変えることが可能な程度の化粧品やメイク技術は培われているのだろう。

ちなみにマリーナはほぼノーメイクで、少しあるそばかすも隠すことなく晒している。

エカテリーナもフローラも、ほとんどメイクはしていない。祝宴の時などはきれいにメイクをしてもらったが、ミナにお任せで何がどうなったのかよくわからないままだった。

なおエカテリーナは前世で社会人女性のマナーとしてメイクをしてはいたが、三分で終わる時短メイクだった。

ともあれ言われてみれば、誰もいなくなった女子はうるうるした目で上目遣いにコルニーリーを見上げ、口元に拳を当てて、見るからにあざとい感じだ。どう見ても、今の状況を逆手にとって、目をつけた男子の同情を引く作戦に出ている。

やはり強い。

そして反省のカケラもない。

「あんなのに靡くようでしたら、簀巻きにして窓から吊り下げの刑に処さなくてはなりませんわ」

怖いことを言うマリーナである。

日本の簀巻きは川などの水中へ投棄するところまでが簀巻きだが、皇国の簀巻きも実は、吊り下げるまでがセットなのだろうか。

ともあれマリーナがやけに厳しいと思ったら、あの女子は以前、ニコライに近付こうとしたことがあったそうだ。ツンデレながらブラコンで、兄を誰にも取られたくないマリーナは、彼女への怒りを今も滾らせているらしい。やはりマリーナは、ニコライルートの悪役令嬢……という確信を深めるエカテリーナ。

しかし簀巻きにされるのはコルニーリーのほうなのであった。

「でも……エフメ様、距離を置こうとしていらっしゃるように見えますね」

フローラが言う。

確かに、コルニーリーは女子の話を聞いてはいるものの、彼女が内緒話でもするように口元に手を当てて身を寄せても、彼は身を引いて近付きすぎないようにしている。困ったような表情で、女子を帰らせようとしている様子だ。

「当然ですわ。仮とはいえ婚約者として、舞踏会のパートナーになるはずだった方がいらっしゃるのですもの。あちらとのことを、ちっともきちんとなさらないことが問題ですわ。あの方、ひどいことを言われて、謝罪もしていただけないなんて、おかわいそう」

マリーナはぷんぷん怒っている。

しかし彼女は知らないけれど、アセルはアセルで詐欺師セミョーンに引っかかってしまっている。今、コルニーリーがアセルに謝ったり改めてパートナーにと申し込んでも、受け入れられることはないだろう。

けれどコルニーリーは、煮えきらないながらもアセルとやり直したいのだろう、とエカテリーナは思っている。彼のほうは、他にパートナーを見付けようとはしていないのだから。

とにもかくにも、セミョーンをなんとかしなければ。

すべてはそれから、だろう。

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